どうして自分を傷つけてしまうのか

以前親知らずを抜いたのですが、歯茎への麻酔がなぜかとてもとても痛くて、その上なんだか気持ち悪くなって、「なんだこれ!」というパニックからか人生初の過呼吸になってしまいました、、、

病院からの帰り道、今まで病気や治療とは無縁だった私には打撃が大きく、あんな思いは2度としたくないと心の底から思いました、、、
 
誰だって、痛かったり、苦痛を与えられることは嫌ですよね。でも、中には自分で自分を傷つけてしまう方がいます。
 
私は今までに1人だけ、腕の自傷の傷跡を見たことがあります。
冷静を保つものの、衝撃を受けると同時に、純粋にどうして痛いのに傷つけるんだろうと疑問でした。
 

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日本では自殺者が非常に多いことが問題になっています。単純計算だと1日に約100人が亡くなっていることになります。先日も、女子中学生が手を繋いで線路に飛び込むという衝撃的なニュースが流れました。
 
ただ、"自殺"と"自傷"は似て非なるものです。
"自殺"は何らかの手段によって自分を殺そうとするものですが、"自傷"は心の苦痛を体の苦痛に変換することで、体の痛みという説明したりコントロールできるものにし、心の苦痛から意識をそらすものです。
つまり、今日を、明日を、"生きるために自傷する"とも言えます。
 
でも、10代において自傷や過量服薬を行った経験のある人は、そうでない人と比べ10年以内に自殺で亡くなるリスクが数百倍高くなると言われているそうです。また、自殺者のほとんどが何らかの精神疾患をもっていたという調査結果もあります。
習慣化しエスカレートしていく自傷は、自殺に少なからず関連があるため、しっかりとしたアプローチは必要になってきます。
 
 
また、自傷してしまう方には、幼少期の病気や被虐待体験が大きく関係していると言われています。
 
病気は、繰り返し手術などを受ける経験となり、身体に傷をつけることに対する抵抗感を減らしたり、自分の体への否定的なイメージへと繋がる可能性があるそうです。
 
被虐待体験では、苦痛に満ちた環境の中で援助を求める意欲を失くした子どもが、さらに何も感じないという"無感覚状態"になることで、つらい時間をやり過ごそうとする習慣を身につけてしまいます。
そうして周りに助けを求められないようになり、自分を傷つけてしまうことになるのです。
 
 
私は自分を傷つけるということを知っていくうちに、つらさを周りにぶつけることなく自分だけで解決しようとするその行為は、ある意味では真っ直ぐで強いものだなとも思うようになりました。
 

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精神分野の実習で、本当に精神疾患を抱えているのだろうかと思うような方々とも関わらせていただいています。
笑顔の優しい上品なおばあちゃん。両親よりも少し若いくらいの物静かであたたかそうな女性。
 
精神単科の病院にいるから彼らが病気を抱えているとわかるけれど、ここで出会わなければわからなかったような方々もいる。
いかに心の問題が目に見えなく、そして誰にでも起こりうることなのかということを実感しています。
 
 
みんないくらでも悩みなんてあるし、どんなに近しい人にも言えないことだってある。
もう嫌だな、消えてしまえたら楽なのになと、"死にたい"と明確に考えなくても、漠然とした思いにふける経験は多くの人にあることではないでしょうか。
 
そういう時、私の何がわかるんだと殻に閉じこもりがちだけれど、私のことを救ってくれるのはいつだって周りにいてくれる人たちでした。
 

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私は、私の大切な人たちのSOSに気付けているのだろうか、ちゃんと手を差し伸べられているのだろうか。
私は、今目の前にいるあなたのことがだいすきなんだよと、一緒に生きていきたいんだよと、言葉と態度で伝えていけたら、、、それがどんなに難しいことかわかっているつもりですが。
 
そして自分のことも。
「あなたは生きているだけで魅力があって価値があるんだよ」
大切な人がそんな風に言ってくれる自分を、最近自分自身があまり大切にできていなかったことに気づかされる出来事がありました。
 

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日々、生きるってなんて難しいんだろうと思ったりするけれど、たぶん難しく考えるからそう思うだけ。
周りの人への感謝を忘れず、私は私の心の向くままに、こころも健康で生きていきたいです。
 



 
 
 
*参考文献
 ・自傷・自殺する子どもたち 松本俊彦
 ・自分を傷つけられずにはいられない 松本俊彦
 ・ドキュメント 自殺 森省歩

 

被災地にいなくても心は被災する。

もう4月も半ばを過ぎましたね。今年度はよいスタートを切れましたか?

私はなぜだか調子が出なくて、一人だと何もやる気が起きませんでした、、、そんな中、九州の地震が起きて、さらに落ち込んでしまって。

  

九州には何人かお友達が住んでいて、熊本大学には医師を目指すお友達がいます。いてもたってもいられず連絡すると、

「思ってくれるだけで十分、連絡くれたならもう十二分!」

と言ってくれました。

私の熊本のお友達はみんな、何日も安心して眠れていませんでした。睡眠もまともにとれない中何度も不安な夜を過ごすなんて、どんな精神状態になるのか想像もつきません。

それでも、連絡をくれた彼は数日もたたないうちに募金活動で駅前に立つような、強くて心優しい人です。

 

何かできることはと思うけれど、今私のようなふつうの大学生に現地でできることはほぼありません。せいぜいできるのは募金くらい。

それがやっぱりなんともつらかったのですが、彼の言葉で少し救われて、本当に大切なのはこれからだと思い出しました。

1年後、5年後、10年後、、、今何かできたとしても、そのあと被災地を忘れてしまったら意味がない。そして私が自分の手で何かできるとすれば現状が落ち着いたあとのそれからだと。福島で出会ってきた方々、訪れた場所に思いをはせました。

  

あなたはつらくなったりしていませんか?

被災地に知り合いはいないけれど、なんだかやる気がでない、調子が悪いなんてことはないですか?

また、今まで経験した地震を思い出してしまった方も、とてもつらい思いをされていると思います。

東日本大震災の時も、被災地の方だけでなく、被災地にゆかりのない方もストレスを感じていたそうです。

私もしてしまうなと思うのですが、連日のニュースなどを見ることで、"同一化"してしまうのだそう。

「あんな地震が私の住む町にきたら」

地震に家が耐えられず崩壊してしまったら」

「大切な人を失ってしまったら」

誰でも考えることだと思います。もしかしたら、被災地にいなくても、程度の差はあれ心は被災するのではないかなと考えました。

被災地の方がこれだけつらい思いをしているのにとも思いますし、連日流れてくる報道で何が起きているのかを知ることも大切ですが、それにより自分が参ってしまわないように、上手に情報と向き合う必要があるのだと思います。

これがまたとても難しいことではあるのですが、、、

 

今回九州で大きな地震が起きた直後に、東北の方をはじめとする多くの人が、

「こんなことをするといい」

「こんなことに気を付けて」

などということを心配の声とともに発信していて、なんだかこみ上げるものがありました。

日本で生きていくなら、自然災害とは戦うのではなくうまく付き合っていかなくてはならないから、そのために遠く離れた人とも手を取り合っていくべきなのだなと。

そして、何よりも備え。

もう想定外だったとは言えません。私もできる限りの備えをしていきたいと思います。

 

今年の3月11日に福島で被災地まわりをして、実家に帰ってきて両親と話をしてまた泣いて、母になぐさめてもらった時。

「つらいことやつらい経験をした人と向き合うと、自分は幸せになっちゃいけないんじゃないかと思うけど、はるははるで楽しい時間を過ごして幸せになっていいんだよ」 

そんな母の言葉に、そうか、そうなのかーーーと思ったのを覚えています。

難しいことだけど、これはきっと、いろんな人に言えること。

そろそろ抜け出して、私は私で生きていかなくては。


もう少し時間が経って、被害の全貌を把握できるようになってきたら、もう一度私にできることを考えたいと思います。

いい所だと聞いている九州には以前から行きたいと思っていたし、卒業するまでに行ってお友達に案内してもらいたいな。

 

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まだまだ予断を許さない状況で、被災地の方々の精神状態は極限だと思います。

早く、早く穏やかな毎日が戻りますように。

 

 

春を迎えにゆく。

先日、高遠菜穂子さんの講演を聞きにいきました。

今まで様々な方の講演に参加してきましたが、ここまで危機感を感じさせるお話はそうそうなかったなと思い返しています。

高遠さんは長年イラクに携わっておられる方です。医療支援にも力を入れていて、医療品支援や日本のODAによる病院建設、難病や先天性疾患をもつ患者さんの支援にも携わっています。2004年に現地の武装勢力に拘束されますが無事解放され、今も支援を続けられています。


現場の悲惨な状況を知る彼女から発せられる言葉は重かった。本当に重かったです。
「今の状況を今さらどうにかするのは無理だと思います」
少なくとも私たちが生きる間に事態が収束に向かうことはないだろうとの言葉は、私にとって頭を殴られるような衝撃でした。

それでも春がくると信じたい。

彼女のお話で一番印象に残ったのが、1人の男性のお話。
戦闘で両目を失明してしまった彼が最も嘆いたのは、4人の子どもたちをもう自分の目で見られないということでした。

現地でできる医療支援には限界があることもあり、例え命の危機を免れても、絶望の中生き続けなければならない方が大勢いる。やはり現地で行われる医療支援は対症療法であって、何の根本的解決にもならないのかもしれないとも考えてしまいました。
そんな絶望や無力感と闘いながら現地の方は活動しているのだと考えるだけで頭が上がりません。

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ただ世界中の笑顔を守りたいだけなのに。カンボジアにて。

今回高遠さんはたくさんの写真、映像を見せてくださいました。
日本では戦地や死者の映像が報道に流れることはほとんどないため、亡くなった方を表す数字は漠然としていて実感が湧きません。でもそれらを見て、改めて一人一人が"その人"を生きていたのだと実感させられました。

その写真や動画が撮られた数時間前まで、画面の中の彼らも彼らの日常を生きていたのだと思うと、私は涙を堪えることができませんでした。


どうして私はこんなに命の危機にさらされずに生きていられるんだろう。私がイラク人であの子たちが日本人だったら、私が死んでいたかもしれない。
平和な国で生きることができる有り難さ、それは私の中で時々罪悪感に変わってしまうような感覚があります。

国際協力に携わりたいと考えるようになったきっかけを改めて思いました。

「生まれた場所が違うだけなのに、どうしてこんなにも私と違うんだろう」

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違いは身近な国にも。カンボジアのスラム街。

日本で生きていると、世界や他の国を実感として感じにくいように思います。アフリカのルワンダに訪れた時、周辺国との国境という具体的な他国を感じたり、互いに影響を受けるため必然的に周辺国の動きに敏感になるということを知りました。

海を隔てた向こう側で何が起きているのか、そのずっと向こうで何が起きているのか、私たちは自ら知ろうとしなければ情報をきちんと得ることはできません。

海外に行くと世界中のニュースが絶え間なく流れてくるのに、日本で流れてくる情報のどれほどが有意義なものなのだろうといつも違和感を感じてしまいます。

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コンゴ民主共和国ルワンダ国境のキブ湖の夕陽。

高遠さんは日本人にこそできることがあるとおっしゃっていました。
実際、海外で働く方からは、現地の方が日本を平和のシンボルと考えているからこそ活動がうまくいくのだと聞いたことがあります。

それも今は変わってきています。憲法改正などの是非はここでは問いませんが、私たちは世界で日本が武力を使わずとも果たせる役割を、もっと追求していく必要があるのではないかと思います。


私は、国内外問わず訪れたことのある場所を聞くと、そこで出会った人たちの顔を思い浮かべます。
その人やその人の大切な人がいる国、地域を傷つけたくない。穏やかに過ごしていてほしい、、、
私は世界中の人と友人になって、漠然とでなく具体的に思いを馳せることができるようになればいいなと真剣に考えていて、生きていく中でそれを少しずつ実現していこうと思っています。

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インドの子どもたちとカバディ

私が考えることの多くは理想であって、綺麗事だと思っています。世界で起きていることは、そんなに簡単でも単純でもないこともわかっているつもりです。
それでも、私は理想を追い求めていたいですし、それが実現されることを願っています。

その影響力は極々わずかでも、私にもできることがきっとある。それを信じて、よく学び、よく考え、よく発信していけたらと改めて考えたのでした。



認知症で"わたし"は"わたし"でなくなるのか

さっき話したことを覚えていない。
優しかった人がよく怒るようになる。
その事実はないのに身内に物を取られたと嘆く。
側にいる近しい人が誰なのか分からない。
 
これらは認知症における様々な症状の例です。
WHOが定めた国際疾病分類の診断基準では、認知症は「意識障害がない状態で、日常生活に支障を及ぼす記憶力や判断力、思考力などの低下が6ヶ月以上継続する場合」をいいます。
認知症とは症状によって規定される症候群のことで、原因となる病気は約70種類もあるといわれています。
 
患者さん全員に現れる、中核症状と呼ばれる記憶障害、見当識障害(時間や場所などが分からなくなる)などから、本人の性格や環境の変化などが加わって起こる周辺症状まで、幅広い症状が現れます。
 

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認知症が進むことで出てくる症状は多少なりとも性格の変化を含むものです。
「性格」の定義は人それぞれだと思いますが、私は症状が進むことで"その人らしさ"は消えていってしまうのだろうか?と考えました。
 
私は"あなた"を"あなた"だと、何によって判断しているんだろう。病気によって、"わたし"が"わたし"で、"あなた"が"あなた"でなくなっていくとしたら。

家族や周囲の人が、病と生きる目の前の人を受け入れ共に生きていこうとする時、想像以上の壮絶な葛藤と闘わなければならないのではないか、、、

 
私は認知症患者さんに何が起きているのか、字面では理解できても、感覚的に受け入れることができませんでした。
でも、それは認知症患者さんも同じでした。
 
症状に一番最初に気づくのは実は本人。物忘れの症状などからなんとなくおかしいと感じ始めるのですが、自分に何が起こっているのか分からず強い不安に襲われるのです。この時うつを併発することも多いのだとか。

そして症状が進むと、家族にとって理解が難しい行動=周辺症状がみられてきます。
でもそれらのよくわからない行動には、認知症の方が人としての尊厳を保つための何らかの意味が必ずあるといわれています。

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在宅看護の場で活躍される看護師さんにお話を伺いました。
例えば。毎朝6時になると洗濯物を持って家を出て行ってしまうAさんの行動にも理由がありました。
以前、毎朝ゴミ捨てをしてから出勤していたAさん。認知症により持っていくものは変化してしまいましたが、Aさんなりの出勤しようとしての行動だったのでした。
 
私は調べていくうちに、病気がその人を変えてしまうのではなく、病気によって自分を見失わないための変化が起きるのかもしれないと思い至りました。
認知症になっても中核にあるその人らしさや生きてきた証は消えない。看護師の仕事のひとつに、それをどう見つけ出し引き出していくかがあります。


ただそうは言っても、認知症患者さんの介護にも大変な苦労が伴うものだということは変わりありません。
在宅の実習である看護師さんが、
「家族なんだから介護するのが当たり前だと私たちは簡単に考えてしまうけれど、介護する側にも家庭や人生がある。介護しないあるいはできない人を責めるのではなく、介護している人の努力を認めるべき」
だと考えていると教えてくださいました。
 
いつか介護し介護される社会なのに、だからこそでしょうか、家事がなかなか評価されないのと似て、その苦労は評価されることが少ない気がします。在宅だと特に外からは見えにくいのもそれを助長させているのではないでしょうか。
 
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私は今回ひとつの例として認知症を考えましたが、認知症自体も発症年齢や症状など様々ありますし、介護が必要なのも、性格変化が認められるのも認知症だけではありません。

自分にないものや置かれていない状況を想像するのは、いつだってとても難しいものです。
でも医療において症状や痛みや苦労を想像することは、医療者では業務に慣れると共におろそかになるかもしれない、患者さんや家族への思いやりを持ち続けさせてくれると思います。
周囲の人なら、少しの知識と理解によって、助けを必要とする人に手を差し伸べてみようと思うかもしれないと思うのです。

今まで"想像力"がどれほど大事か、分野を問わず教えていただいてきましたが、医療を考える上でも大切なことを気付かせてくれる基本ではないかなとも考えました。


看護師として常に考えていくことになる患者さんの"その人らしさ"。
私はこれからどんな状況に置かれている方に寄り添っていくことになるのか、今回改めて考えさせられました。

一番患者さんの側にいられるのが看護師だと私は思うから。医療者である前に、1人の人として目の前の人と向き合っていけたらと思います。
 
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*参考文献
アルツハイマー病がわかる本    植木彰
認知症を生きるということ 治療とケアの最前線    中村尚樹
・Iさん、ご協力ありがとうございました!



昨日の勤務。

私の働く施設には今、小学校低、中、高学年の男の子3人と、中学生の男の子、女の子の5人の子供たちがいます。

そんな施設の勤務での出来事。小学生たちがいつも以上にかわいくてしょうがなかったのです、、、


小学生の就寝時間になり、みんな寝る準備をし始めます。
それぞれのお部屋におやすみと声をかけていると、普段年下の子にも優しく割としっかりしている中学年の子が、、、
「ねえ〜布団かけて( ^ω^ )」

布団くらい自分でかけれるでしょ!!!と思いましたが(笑)、彼曰く、
「めんどくちゃい♡」
とのこと。彼なりの甘えなのでしょうか、、、もう〜しょうがないなあと言いつつにやにやがとまらない私。


次に声をかけたのは高学年の男の子。この子もやんちゃ盛りでも自分のことは自分でできるしっかりした子です。
一時期流行ったあのなめこがお気に入りなのか、枕元に大きいのと、手で小さいのを持って寝る準備は万端。
今日は彼にも話かけられます。

「ねえねえ、俺目キリッとしてかっこよくなれるんだよ(どや)」
一瞬で二重にしてパッチリ(°_°)しては、すぐ目は戻ってしまい2人で笑っての繰り返し(笑)
そんなことしなくても今もかっこいいし、これからもっとかっこよくなるよと言うと、なんやかんや言いつつ照れていました、、、癒し。


極め付けは低学年の子。年相応のやんちゃさんで、いつもは無視されたり口が悪かったりと生意気で大変なんですが、、、
「ねえ〜今日寝れないヽ(´o`」

就寝時間が過ぎても寝れないようで、彼のお部屋に連れて行かれる、、、
気付いたら膝枕に、腕をしっかりホールドされ、もう一方の手は頭なでなでを止めると掴まれ彼の頭にもっていかれ(なでなでしろってことね)と思いつつ、、、

なんだこのかわいい生き物は!!!と声にならない声で叫びながら、施設だと本来甘えられる親が一緒ではないし、職員さんにもなかなか甘えられないと思うので、たまにはいいか、、、と寝るまでよしよししてあげたのでした。

その彼、朝ごはんの煮物のきのこの柄を口に加えて、
「口からきのこ生えてきたあ(((o(*゚▽゚*)o)))」

食べ物で遊んじゃだめ!と言わなきゃいけないのですが、おもしろいやらかわいいやらで朝から爆笑しました、、、


小学生のしかも男の子が増え、ここ最近さらに慌ただしくなってはいましたが、昨日は特に子どもたちを愛おしく感じる1日だったのでした(´-`).。oO
あと少しで雇っていただいてから1年、子どもたちの成長を見守れる、とても楽しいお仕事です。

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死因究明はだれのためのものなのか

大切な人の死が原因不明とされた時、死因に納得がいかない時。私はそれをどう感じるのでしょうか。

といっても最初は、解剖のような死因究明が必要な"死"なんて、あまり身近に感じられませんでした。

 

そういうことをするのって、法医学教室と呼ばれるところ?そういえば。私は母が見ていたドラマを思い出しました。

故人の今は亡き"声"を聞く仕事。漠然と深い意味のある仕事だなあと思った記憶があります。

 

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日本では年間120万人以上が亡くなっています。警察に届け出のある変死、異状死事例は約17万人。7人に1人、想像以上に多く驚きました。そして、それらのうち約4%しか解剖されていない現状がある。

 

日本では、そのご遺体には犯罪性がないと検視で判断されれば、死因があいまいなまま処理される傾向があるようです。 

ちなみに検視とは、五官、つまり視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚をもつ5つの感覚器官をつかって、ご遺体の状況を外表から検査するものです。

体を開かないのにどこまで正確な判断ができるのか。素人でも疑問を感じてしまいます。

 

欧米諸国では死因究明制度が整っており、解剖して死因を特定するのが当たり前であるのと比較すると、日本は死因究明に関して後進国なのではないかと考えざるを得ません。

 

どうして日本では解剖が進まないのでしょうか?

制度における歴史的背景があるようですが、「ご遺体を切り刻むなんて、、、」という風潮は生活していく中でなんとなく感じてきた気がします。

  

では欧米諸国ではなぜ死因究明のための解剖が浸透し、重要視されているのか?

最終的にたどり着いた私なりの結論。

死因究明とは、亡くなった方や遺族のためだけでなく、今を生きる、そしていつか死を迎える私たちのためにもあるべきだからではないだろうか、、、?

 

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解剖による死因究明は、必ずしも犯罪を暴くためだけのものではありません。

「法医学者、死者と語る」の著者の岩瀬さんが、本の中でこんな事例を出していました。

 

今の季節、スキースノボを楽しむ方が多いですが、そんな時、突然の雪崩に巻き込まれてある人が亡くなってしまったとします。

窒息か?頚椎損傷か?凍死などの可能性も考えられます。検視のみではそういった詳細はわかりません。ただ、私たちの多くは、雪崩が原因だとわかっているのだから死因を細かく調べる必要はないのではと考えるかもしれません。

 

しかし、のちに遺族が

「苦しんで死んだのだろうか?」「死ぬまでどれくらい生きていたのだろう?」

といったことを知りたがることは珍しくないといいます。たしかに、その人が亡くなるその時までどう生きていたのか、私も知りたいと考えるのかもしれません。

 

また、「救助隊の到着が早ければ助かったのか?」といった救助体制への教訓を得るためにも、死因をはっきりさせるべきなのだそうです。これは間接的に私たちに繋がってくる視点だと思います。

 

さらに場合によっては、救出を試みた方が自分の努力が足りなかったせいで亡くなったのだと思い込み、一生悩み続けることもあるかもしれないとありました。死因究明はこういった第三者をも救える可能性を秘めているのだということに驚きました。

 

私はこの簡単な例だけでも、犯罪性が疑われずともご遺体を解剖し死因を特定することに多くのメリットを感じました。

 

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もうすぐ東日本大震災から丸5年。亡くなった2万人近い方のほとんどの死因が「溺死」とされたそうです。

日本はそういった災害時の死因究明体制も不十分だったために、亡くなった方一人一人の詳細な死因特定はできなかったようです。

 

大切な人の死因に疑問を持つ人は時間が経つほど増えていくといいます。それは残された人たちを、

「どうして死ななければならなかったのか」「もしかしたら助けられたのではないか」

という感情から逃れられなくしたり、後悔や悲しみから抜けられない状況を生み出すことになるのではないでしょうか。

 

また、死因を適切な方法で特定することは、犯罪などにおける"真実"を知ることができるだけでなく、様々なシステムや対策の検討にも多大な影響を及ぼすのではないかとされています。

東日本大震災をはじめとする災害を教訓にした防災対策、これからも増えていくだろう孤独死に対する対策、日本では重大な問題として議論されている自殺への対策など、、、

様々な問題を法医学の視点からの意見も踏まえた上で議論できれば、社会の多くのシステムをよりよくしていくことができるのかもしれません。

 

日本の死因究明体制も、法医学者などが働きかけることで政府の動きがみられたりと、少しずつですが変わりつつあるようです。

私たちが犯罪捜査だけでない幅広い死因究明を必要とすること、その空気が社会の制度改革の後押しに多少なりとも繋がるのかもしれません。

 

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東京都監察医務院『事業概要 平成18年版』には、異状死体の検案、解剖についてこうあります。

『人が受ける最後の医療である』と位置付けられ、生前に疾病に罹患すれば最高の医療が施されるべきであるのと同様に、異状死に対しては、最高水準の検案・解剖を行われなければならない。

 

突然やってくる大切な人の死。

法医学による死因究明に、"私たちは亡くなった人とどう関わり、何を学ばなければならないのか"という問を投げかけられた気がします。

 

私たちが人の"死"に向き合うことは、その人の"生きた証"と向き合うこと、そしてその後も変わらず生き続ける残された私たちが、自分たちの"生"に向き合うことなのではないでしょうか。

 

 

 

参考文献

・法医学者、死者と語る  岩瀬博太郎

・死因究明  葬られた真実    柳原三佳

・我が国の検死制度-現状と課題- 中根憲一

 http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/200702_673/067306.pdf

・本当に溺死なのか——。死因に納得できず苦しむ遺族 戦場の被災地で法医学者が痛感した”検視“の限界

 http://diamond.jp/articles/-/17024

・「死人に口なし」の姿勢で復興や防災はあり得ない ”悲劇の真相“を見つめる旅は、今ここから始まる——エピローグ~読者に託す「3.11の喪失」の検証

 http://diamond.jp/articles/-/19185

 

 

 

大切な人の蘇生処置に立ち会いたいか

医療系ドラマでよく見るあのシーン。

患者さんが心肺停止状態で救急車で運ばれてきて、病院についたとたん、

「ご家族はこちらへ!」

殺風景な部屋へ通される。そしてわけも分からない状態のままひたすら待たされる。廊下でうなだれるシーンなんかもよく見かけます。

そして最後には、「最善は尽くしましたが、、、」

 

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救急の病院実習をさせていただいて、蘇生処置への家族の立ち合いについて議論がなされているということを知りました。

 

蘇生処置時の家族立ち合いはイメージができなかったので予想はしていましたが、想像以上に日本では検討されていないように感じてしまいました。

現に、病院におけるマニュアル作成は1割に満たないとのことでした。

 

家族が蘇生処置に立ち会うことにどのようなメリット・デメリットがあるのか。山勢教授らの研究によると、

メリット:家族が今どのような状況なのかを理解できる、医療者が全力を尽くしていることを理解してもらえる、家族が最期まで一緒にいられるなど

デメリット:家族が精神的ショックを受ける、医療スタッフを増やす必要があるなど

といったことが挙げられていました。

海外では、立ち合いによって家族の心的外傷後ストレス障害PTSD)の発症が有意に改善されたとの研究結果がでています。

 

メリット・デメリットは必ずしもすべての人に当てはまるわけではないですし、メリットをより感じる方もいれば、その逆の方もいるでしょう。

 

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私は蘇生処置に家族が必ず立ち会うべきだとは思いません。

蘇生処置を受けるという深刻な状況の中で家族は、医療者や現場の雰囲気からもしかしたら自分の大切な人は死ぬのかもしれないと悟るようです。そのとき、家族も危機的な精神状態に陥っています。

 

大切な人との別れは精神的ショックがあまりに大きく、心の準備もままならない状態ならばなおさら、側でその人の死を受け止めることなどできない方もいると思います。

それに、たくさんのチューブや医療機器に繋がれた患者さんを見ているだけでも、想像以上につらいと感じる方が多いのではないでしょうか。

 

ただ、死を迎えるその人が危機的状況をどのように生きていたのか、そして最期の時まで懸命に生きる姿を、希望するならば家族は見届ける権利があるのではないかと思いました。

 

また、もし私が患者側でそれが最期の時間になるならば、家族に側にいてほしいと思うような気がします。蘇生できなくても、自分が最期まで生きる姿はきっと、残された人たちがそれからを生きていくことを後押ししてくれるのではと思います。時間がかかっても、きっといつかは、、、

 

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家族の蘇生処置立ち合いが実現されるには、病院側の様々な準備も必要です。

今後体制が整われ、家族側に立ち合いの選択権が確実に渡るようになれば、私たちは大切な人との突然の別れとより最善の状態で向き合うことができるのかもしれません。

 

大切な人との別れは、人生の中で何度も経験しなければならないことだから。

だからこそ、もっと身近に感じて考えていけたらなと思いました。

 

 

 

*参考文献

・心肺蘇生処置中の家族の立ち会いに関する現状 および医療従事者の意識と家族の思い

 研究代表者:山勢博彰(山口大学大学院医学系研究科・教授)

 http://www.fasd.or.jp/tyousa/pdf/19yamaguchi.pdf

・N 病院における心肺蘇生処置中の 家族の立会いに関する医療従事者の意識と課題

 服部裕子、藤本華織、松和代(徳島赤十字病院看護部)

 http://www.tokushima-med.jrc.or.jp/hospital/medical/2015_full026.pdf

・心肺蘇生への立ち会い、家族のPTSDを抑制/NEJM

 https://www.carenet.com/news/journal/carenet/34069