認知症で"わたし"は"わたし"でなくなるのか

さっき話したことを覚えていない。
優しかった人がよく怒るようになる。
その事実はないのに身内に物を取られたと嘆く。
側にいる近しい人が誰なのか分からない。
 
これらは認知症における様々な症状の例です。
WHOが定めた国際疾病分類の診断基準では、認知症は「意識障害がない状態で、日常生活に支障を及ぼす記憶力や判断力、思考力などの低下が6ヶ月以上継続する場合」をいいます。
認知症とは症状によって規定される症候群のことで、原因となる病気は約70種類もあるといわれています。
 
患者さん全員に現れる、中核症状と呼ばれる記憶障害、見当識障害(時間や場所などが分からなくなる)などから、本人の性格や環境の変化などが加わって起こる周辺症状まで、幅広い症状が現れます。
 

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認知症が進むことで出てくる症状は多少なりとも性格の変化を含むものです。
「性格」の定義は人それぞれだと思いますが、私は症状が進むことで"その人らしさ"は消えていってしまうのだろうか?と考えました。
 
私は"あなた"を"あなた"だと、何によって判断しているんだろう。病気によって、"わたし"が"わたし"で、"あなた"が"あなた"でなくなっていくとしたら。

家族や周囲の人が、病と生きる目の前の人を受け入れ共に生きていこうとする時、想像以上の壮絶な葛藤と闘わなければならないのではないか、、、

 
私は認知症患者さんに何が起きているのか、字面では理解できても、感覚的に受け入れることができませんでした。
でも、それは認知症患者さんも同じでした。
 
症状に一番最初に気づくのは実は本人。物忘れの症状などからなんとなくおかしいと感じ始めるのですが、自分に何が起こっているのか分からず強い不安に襲われるのです。この時うつを併発することも多いのだとか。

そして症状が進むと、家族にとって理解が難しい行動=周辺症状がみられてきます。
でもそれらのよくわからない行動には、認知症の方が人としての尊厳を保つための何らかの意味が必ずあるといわれています。

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在宅看護の場で活躍される看護師さんにお話を伺いました。
例えば。毎朝6時になると洗濯物を持って家を出て行ってしまうAさんの行動にも理由がありました。
以前、毎朝ゴミ捨てをしてから出勤していたAさん。認知症により持っていくものは変化してしまいましたが、Aさんなりの出勤しようとしての行動だったのでした。
 
私は調べていくうちに、病気がその人を変えてしまうのではなく、病気によって自分を見失わないための変化が起きるのかもしれないと思い至りました。
認知症になっても中核にあるその人らしさや生きてきた証は消えない。看護師の仕事のひとつに、それをどう見つけ出し引き出していくかがあります。


ただそうは言っても、認知症患者さんの介護にも大変な苦労が伴うものだということは変わりありません。
在宅の実習である看護師さんが、
「家族なんだから介護するのが当たり前だと私たちは簡単に考えてしまうけれど、介護する側にも家庭や人生がある。介護しないあるいはできない人を責めるのではなく、介護している人の努力を認めるべき」
だと考えていると教えてくださいました。
 
いつか介護し介護される社会なのに、だからこそでしょうか、家事がなかなか評価されないのと似て、その苦労は評価されることが少ない気がします。在宅だと特に外からは見えにくいのもそれを助長させているのではないでしょうか。
 
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私は今回ひとつの例として認知症を考えましたが、認知症自体も発症年齢や症状など様々ありますし、介護が必要なのも、性格変化が認められるのも認知症だけではありません。

自分にないものや置かれていない状況を想像するのは、いつだってとても難しいものです。
でも医療において症状や痛みや苦労を想像することは、医療者では業務に慣れると共におろそかになるかもしれない、患者さんや家族への思いやりを持ち続けさせてくれると思います。
周囲の人なら、少しの知識と理解によって、助けを必要とする人に手を差し伸べてみようと思うかもしれないと思うのです。

今まで"想像力"がどれほど大事か、分野を問わず教えていただいてきましたが、医療を考える上でも大切なことを気付かせてくれる基本ではないかなとも考えました。


看護師として常に考えていくことになる患者さんの"その人らしさ"。
私はこれからどんな状況に置かれている方に寄り添っていくことになるのか、今回改めて考えさせられました。

一番患者さんの側にいられるのが看護師だと私は思うから。医療者である前に、1人の人として目の前の人と向き合っていけたらと思います。
 
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*参考文献
アルツハイマー病がわかる本    植木彰
認知症を生きるということ 治療とケアの最前線    中村尚樹
・Iさん、ご協力ありがとうございました!